夕立と少女【前編】
蒸し暑い金曜の午後、Y氏は出張先で地方都市の郊外にいた。
初めての街だったが、どことなく親しみを感じる町並みと風景に、ゆったりとした気持ちでハンドルを握っていた。
その街は、自然がとても豊かで初夏の緑が眩しく輝き、すがすがしい香りが漂っていた。
人通りは、まばらで爽やかな白い夏服を着た帰宅途中の学生達が、チラホラと目に留まった。
Y氏は、依頼主の工場に立ち寄り、仕事を済ませ再び車に戻ろうとする頃、 空は、どんよりと曇り始め夕立の気配のする雲が空を覆い始めていた。
周辺は、宿泊施設がないため、予約した駅近くのビジネスホテルへと向かう。
「雨か・・・。」 湿っぽい匂いがする。
ゴロゴロ・・・ゴロゴロ・・・ゴロゴロ・・・ピカツ・・・・・
遠くから聞こえる雷鳴にあわせるように、ゆっくりとブレーキにも、足がかかる。
ちょうど、工業地帯を抜けて、国道から駅に続く細い道へ入る頃、空は真っ暗になり、ポツポツとフロントガラスが音をたてはじめた。
夕立の雨足が、一気に加速した。
ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・
さっきまでの、蒸し暑さが嘘のように、車内の空気がヒンヤリとする。
ふと窓から、女子学生が一人、早足で歩いているのが見えた。
辺りには、人影もない。
「学校の帰り道だろうか・・・。何処かで雨宿りすればいいのに・・・・。」
そんなことを思いながら、おせっかいと思いつつ、学生よりやや前方ぐらいのあたりでとブレーキを踏み、ハザードをつけた。
助手席の窓をあけ、大きめの声で話しかける。
「よろしければ、乗りませんか? どこまで行きますか?」
ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・
女子学生は、一瞬立ち止まり、こちらを見たような気がした。
「○○○駅まででしたら、行きますよ!大丈夫ですか?!」 Y氏 は、さらに叫ぶように、大きな声を出した。
ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・
物騒な事件が多い昨今、知らない人の車に乗るのは、やはり抵抗があるのだろう。
しかし、ネクタイ姿でワイシャツの袖をまくりあげ、社用車のバンで、電話番号まで入った社名のロゴを確認したのだろうか・・・・
女子学生は、紺色のカバンを抱きかかえると無言で、後部座席のドアを開けて、乗り込んだきた。
多分このままシカトされたままだと決め込んでいたY氏は、一瞬驚いたが、後部座席のほうへゆっくりと振り向いた。
長い黒髪が、まるでシャワーでも浴びたかのようにビッショリと濡れ、白い夏服もピッタリと張りつくぐらいに、濡れていた。
Y氏 は、あわてて前方を向き直すと穏やかな口調で、話しかけた。
「大丈夫ですか?」
「・・・・・・。」
私は、助手席においたあった汗拭きようの手ぬぐいを、握ると前をむいたまま、タオルを後ろに見えるようにして、差し出した。
「少し汗くさいかもしれませんが、よかったら使って。学校の帰りですか?○○○駅前まで行きますが、そこでよろしいですか?」
「・・・・・・。」
ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・ザーッ、ザ・ザーッ、ザーッ・・・・・・
車の中の狭い空間が、激しく降ってくる雨音だけに包まれる。
タオルが静かに引かれ、Y氏の手を離れた。
しかし依然、女子学生は無言のままだった。
顔をあげて、バックミラーをそっと見ると、女子学生は俯いたまま、タオルを握り、微かにうなづいたように見えた。
・・・・乗せないほうがよかったのだろうか・・・・余計な気遣いだったのだろうか・・・・・・
そんなことを思いながら、とりあえず駅まで行こうと思い、ウィンカーを出し、再びハンドルを握った。
・・・・夕立と少女【後編】へ続く ・・・・