夕立と少女【後編】
・・・・夕立と少女【前編】から続き・・・・・
Y氏は、女子学生を車に乗せたままひたすら無言で、駅までの道のりを急いだ。
車内にはただ気まずい空気が流れ、激しい雨音がひたすらノックしていた。
ふと後部座席で、、ガサゴソと何かを取り出すような音がしたかと思うと、うめき声に似た音が聴こえてきた。
・・・・ヴッ・・・ア"ア"ア"ーッ"ア"ーッ・・・・・ヴーッ
雨音かな?気のせいかな?
Y氏は、一瞬後ろを振り向こうとしたが、激しく降る雨に余裕もなく、もはや横目ですらバックミラーを視ることは出来なかった。
それに何より見ては、いけないんだと何故か自分にも言い聞かせてしまっていた。
駅までの距離は、少しだったはずなのに、時間の流れが異様に遅く感じて、Y氏は、余計に自分のとった行動に後悔しながら、イライラとした気持ちでネクタイを緩めた。
雨音が、ようやく穏やかになりはじめるころようやく○○○駅の交差点に差し掛かかった。
Y氏は、後ろを振り向きもせず、
「まもなくぅ~っ、○○○駅ぃ~~~っ○○○駅ぃ~~~っとぉぉちゃくぅ(到着)ー、いたしまぁ~す!。」
わざと投げやりに、少しおどけたように、駅の乗務員のアナウンスのそれに似せた口調で、大きな声で言った。
「・・・・・・・・・・。」
いかん!くだらないことを言ってしまった・・・。Y氏は、自分自身への恥ずかしさをこらえた。
タクシーの乗り場の手前の屋根がある場所のすぐ脇で、ハザードをたくと、今度は、静かにゆっくりと言った。
「○○○駅につきましたよ。」
Y氏は、やはり後ろは、振り返らなかった・・・・がしかし、どんな学生なのか確認するぐらい・・・と思い、横目でバックミラーをチラッと見た。
少女は、とてもクールな表情だった・・・長い黒髪に痩せた面長な顔立ちに、するどい目つきだけが、印象的だった。
女子学生は、少し間をおいて、腰を上げると無言のまま軽く会釈をし、後部座席のドアを開けて、立ち去った。
Y氏の乗る社用車を追い越すと、振り返りもせずそのまま駅の階段へと足早に歩いていった。
お礼の一言ぐらい言ってくれてもいいのに・・・。
Y氏は、ため息に似た小さなつぶやきをはくと、駅のロータリーをあとにした。
宿泊を予定していたビジネスホテルの駐車場に入ると雨はすっかり止んでいた。
Y氏は、普段から何か人の為にと行動しても、つい見返りやお礼の言葉を期待してしまう器の小ささと弱さに、自分を責めながらも何となく女子学生の態度が腑に落ちなかった。
車のエンジンをきると気分も少し落ち着き、明日の予定を考えながら、ドアを閉めようと後部座席に目をやった。
女子学生に手渡した、汗拭きようの手ぬぐいがキチンとたたんで、ドアの隅においてあった。
Y氏は、後部座席のドアをあけてタオルを手に取った。
微かに漂う甘いシャンプーの香りと一緒に、一枚の紙切れが、ひらりと落ちた。
「 ありがとう ごめんなさい 」
クリーム色のカードに、その文字は、はっきりとくっきりと力強く書かれていた。
Y氏は、ハッと我に返った。
女子学生は、一言も話さなかったのではなく、話せなかったのだと・・・・。
ふと空を見上げると、黒い雲は通り過ぎ、西の空に夕焼けが見えてきた。
夕立が止んで、茜に染まる西空が、まぶしく輝いていた。
道路端には、ホウセンカの赤い花が咲いていた。