さよなら先生【後編】
さよなら先生【前編】から つづき
Y氏:「Sさんですか?・・・ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいましたか?」
Sさん:「・・・・・・・・・。」
Sさん:「電話だとお話しが長くなってしまいますので、一度家に来て、パソコンを見てもらえませんか?」
Y氏が、Sさんの話しを聞くと・・・・・・・
自宅のパソコンが起動しなくなってしまい、状況を聞く限りでは、ハードディスクが故障したらしいというのだ。
Y氏は、出張修理の受付をすませると、部品を準備して、Sさんの自宅を訪問することにした。
Sさんの自宅は、比較的新しいマンションらしく、便利な駅の近くにあった。
ピン・ポォ~ン・・・・・・・・
Y氏は、あの日のSさんの涙を鮮明に思い出しながら、『バクバク』と高鳴る鼓動をおさえらずにいた。
~~~~~もしかしてパソコン修理というのは、口実だったりしてぇぇぇ~~~~~~
~~~~~~俺は、何を期待しているんだぁ!?~~~~~~~
~~~~~~何か他の相談ごとなのか???それとも???~~~~
~~~~~~うぉ~~~~~~っ!どうしたんだ!オレぇぇ~~~~~~~
ドアが開くとそこには、Sさんではなく、もっとずっと歳の若い娘さんが立っていった。
Y氏:「アレ???隣???間違えた???」
踵をかえして、ドアの表札を確認するが、確かにSの表札。
ドアの向こう:「あっ、すいません、Sの娘です。はじめまして。」
Y氏:「エッ????????あぁぁ~っ。」
娘さんの後ろのほうから、髪をバッサリと短く切ったSさんの姿が見えた。
Sさん:「先生、こんにちは!!、お元気でしたか?」
確かに、髪型を変えてイメージチェンジをしたSさんだったが、声も元気そうで少し痩せてスリムには、
なっていたものの、その大きな瞳に、以前のような憔悴と曇りの影は、見えなかった。
Y氏は、何となく安堵したように、
Y氏:「それで、壊れてしまったパソコンは、どちらですか?。」
と辺りを見渡すように、視線を動かした。
コザッパリと綺麗にしてある部屋だったが、壁には、ご主人との大きな家族写真が、一枚飾られてあった。
Y氏の視線が、そこで止まった。
Sさんは、Y氏の視線の先を追うかのように、話し出した。
Sさん:「以前、スクールにお邪魔した時は、本当に失礼しました。」
あれから、結局2ヶ月もたたないうちに・・・・急変してしまって・・・・・・。」
Y氏:「そうだったんですか・・・・・。すいません。何のご連絡もせずに。」
あんな相談を持ちかけられながらも、何もできずに自分の事だけでせいっぱいだったY氏は、恥ずかしかった。
Y氏は、お焼香をさせてもらうと、パソコンの修理に取り掛かった。
そのパソコンは、娘さんが使用しているパソコンで、ハードディスクが確かに破損していたのだった。
幸い持参した部品で間に合った為、その場で交換~設定を済ませると、無事にパソコンが復旧したことをSさんに告げた。
Sさん:「先生ありがとうございました。それで修理代は、おいくらになりますか?」
Y氏:「部品代と出張費込みで、1万2千円になります。」
スクールの規約どおりに料金を告げると、Sさんは、白い封筒を差し出した。
こちらをお受け取りください。以前お伺いした時に授業料もお支払いしていなかったので・・・。
さらにあの時も、授業料のことしか考えていなかったY氏は、もう恥ずかしさでいっぱいでった。
黙って封筒を受け取ると、Sさんに挨拶をし、ドアを静かに閉めた。
エレベーターに乗るとカバンに入れた封筒を取り出し、初めて中身を確認した。
1万円札が、2枚入っていた。Y氏は、いつかのタクシーチケットのことを思い出していた。
おもむろにペンを取り出すと、封筒の表に大きく
「ファイトだ!Sさん!」
と書くと、マンション玄関のSさんのポストにそっと入れてしまったのだった。
本当は、喉から手が出るほど欲しかったのだが・・・・・
しかしその時は、後でスクールへ立て替えて支払わなければならない修理費のことこなど、全く考えていなかった。
マンションの玄関を出ると、すっかり辺りは暗くなっていた。
「せんせぇ~っ・・・・!」
頭上のほうから、声がした。顔をあげるとSさん母娘が、窓から顔をだしていた。
「せんせぇ~っ、さようならぁ~っ、さようならぁ~~~っ。せんせぇ~っ。」
Sさん母娘は、満面の笑顔で、何度も何度も手を振っていた。
通りを歩く人通りは疎らだったが、Y氏は、かなり照れくさかった。
しかし壁を乗り越えられず、踏ん切りのつかない毎日を送っている情けない自分に別れを告げるかのように
大きく、Y氏も手をあげた。
Sさん母娘は、それを見て安心したかのように、また手を振ってくれた・・・・・
~~~~~~何度も、そして何度も~~~~
ふと何処かで、焼き魚の香ばしい匂いと共に微かなケムリが漂ってきた。
Y氏にはその煙よりも、Sさん母娘の満面の笑顔が、じわりと心に染みてきて、しわくちゃな顔のまま
目をバチバチとさせた。
「今日だけは、ちょっと呑んでもいいかな?・・・・。」
足取りも軽く、Y氏は駅前の裏路地の灯りのするほうへと消えていくのだった。