さよなら先生【前編】
「あと・・・たったの3ヶ月しかないんです!・・・。」
そういうとSさんは、ヒクッヒクッヒクッ・・と声をおさえるようにして、すすり泣きを始めた。
・・・・・・
Y氏は、バブル崩壊後まもなくして、会社から自宅待機を命じられたが、
じっと家に篭っているのも嫌で、
希望退職の道を選択した。
しかし、全くと言っていいほど、次の転職先が見つからずに、小さなパソコンスクールで
講師のアルバイトを始めて1ヶ月ぐらいたった頃の話だ。
マンツーマンの小さなパソコンスクールだったが、生徒さんの年齢や質問や
パソコンで習いたい内容などもそれぞれで
Y氏にとっては、新しい発見もあり、とてもいい刺激になっていた。
Sさんと授業をするのは、今日で3回目。
前回は、エクセルで作った表を元に、パワーポイントの資料をまとめる内容だった。
パワポ部長さながら、Y氏はちょっと上司っぽくキリッとした口調で
Y氏:「おはようございます!Sさん、前回の資料は完成しましたか・・・?。」
!!!!!しかし!!!!!!!
3度目に会うSさんを見て、Y氏は驚きを隠せなかった。
Sさんは、40代後半で、クセ毛風なロングヘアーをナチュラルスタイルにして後ろで軽く縛り、
淡い色のブラウスと紺のタイトスカートがよく似合う清潔感が漂う女性だった。
いつも元気いっぱいのSさんは、Y氏にはとても好印象だったのだが、
今日は髪の毛もボサボサで、服装も明らかに、いつもと違う。
そして何よりSさんの憔悴しきった表情に、思わずY氏は目を見開いてしまった。
Y氏:「Sさん、どうかされましたか?・・・・大丈夫ですか?・・・」
それしか、かける言葉が見当たらなかった。
Sさんは、パソコンの前に座ってもパソコンの電源も入れようともせずに、
ただ遠くを見つめるかのように
Sさん:「もう、パソコンなんてどうでもいいでんす・・・・。」
Y氏:「えっ・・・・・・・・・」
Sさん:「家の人が、あと3ヵ月しか生きられないって・・・・・・・。」
「あと・・・たったの3ヶ月しかないんです!・・・。」
Sさんは、そう言うとすすり泣きを始めてしまい静かなパソコンルームに、
その悲痛のような泣き声は、響きわたった。
~~~~~~ここは、パソコンスクールしょょっっ!!!~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~ドン・ピロピロピロピロォ~~~~~~~ッ!
Y氏は、困り果ててしまい、他のスタッフに助けを求めようと周りを見渡したが、
明らかにその異様な様子に
他のスタッフや来校している生徒さん達も、疑惑の目を向けたまま近寄ることもできずに
ただじっと、Y氏の出方(様子)を伺っているばかりだった。
Y氏:「Sさん、とりあえず落ち着いてください。ねっ、今お茶でもお持ちしますから・・・。」
Y氏:「あとよかったら、これお使いください。」
そう言うと冷たいお茶と一緒に、以前から大事に愛用している
汗拭きタオルをSさんに差し出した。
Sさんは、お茶を一口だけ飲むとそのタオルで、軽く目の下を拭いた。
Sさん:「ごめんなさい・・・。」
Y氏:「今日は、パソコンなんて止めましょう!。もし私でよかったら、お話聴きますから・・・。」
日頃から、厳しいマネージャーのするどい視線を感じたが、Y氏は既に、周りなど全く気にしていなかった。
Sさんは、電源の入っていないパソコンのキーボードをじっと見ながら、肩を落としたまま話しを始めた。
Sさん:「主人がずっと腰痛が治らなくて、ツライって言ったので、私も念のため、検査すればって言ってたんだけど・・・。」
「先月に自分の会社を起こしたばかりで、こんな時社長が、休んでられるか!・・・って。」
「それで、やっとこの間、一緒に病院へ検査しにいってくれたんです。」
「お医者さんに、結果聴きにくるように電話があって、私昨日仕事の帰りに行ってきたんです。」
「そしたら、末期の肝臓ガンだって・・・・・。もう無理だって・・・。」
再び、すすり泣く声・・・。
Y氏:「・・・・・・・・。」
あまりにも、切なかったSさんの告白に、ついY氏も目頭に熱いもの感じたまま、じっと俯いてしまった。
Sさん:「こんな時に、こちら(パソコンスクール)に来るつもりもなかったんですけど・・・・。
ただ誰かに話さないと自分がおかしくなりそうで・・・すいません・・・先生。」
Sさん:「まだ主人にも、何も話してないんだけど、どう伝えればいいでしょうか?」
「いずれは、本人も交えてって・・・病院の先生も言ってるし、でもどうやって、本当の事を伝えればいいんですか?。」
Y氏:「・・・・・・・・。」
どのぐらいの沈黙が流れただろうか・・・・。
Y氏は、少し厳しい表情になると、Sさんに静かに言った。
Y氏:「Sさん、そんな大切な事を私に決めさせては、いけないと思います。」
「それは、家族である貴方が決めるべきことではありませんか? 貴方の愛するご主人のために、貴方が決めて話すこと・・・。」
「それこそがベストな判断なのでは、ありませんか?」
「もし、嘘をつきたいなのならそれでもかまいません。しかしいずれは、ご本人も自分の体に気が付くはず(わかるはず)です。」
「事実ともに、Sさんの今の素直なお気持ちを話してあげては、どうですか?」
そう、Y氏が話すとSさんは、スッと席を立ち、無言のまま帰っていってしまったのでした。
その日は、とうとう一度もPCの電源を入れることなく授業が、終わってしまい・・・・。
当たり前なのだが、ここはパソコンスクール・・・・。
そして、Y氏は、Sさんから授業料を受け取ることができず
~~~~~~あぁぁ、授業料は、給料から天引きぃぃぃ!!~~~~~~~~~~~
その後、Sさんとは、出会うこともなく、それから3ヶ月半ほど経ったある日のこと・・・。
Y氏は、まだ転職先が見つからずにいた。
いやそれどころか別居中の女房から離婚調停まで申し立てられて、Y氏は失意の中にあり、ただ漫然と自信喪失の日々を過ごしていた。
そんなある日の夕暮れ時、パソコンスクールの電話がなった。
Y氏:「ハイ、○○○○パソコンスクールです。」
「もしもし、Sと申しますけども、Y先生でいらっしゃいますか?。」
そうあのSさんからの電話だった。
さよなら先生【後編】へ つづく