真夜中のタクシーチケット【前編】
「お客さん!お客さん!大丈夫ですかっ!降りてください!」
駅員さんの揺すり起こされる振動に心地よさすら覚えながら、Y氏は、ぼんやりと目を開けた。
~~~~しまったぁぁっっ!!!~~~
~~~~ドン・ピロピロピロピロォ~~~~~~~ッ!
急いで飛び起きて、電車を降りるものの、まだぼんやりと半分は、夢の中。
「・・・ここは、ドコ・・・・わたしは、ダレ?・・・・」
東京に出てきて十数年経ったY氏は、ようやく仕事も順調にいきかけつつあるシステムエンジニア。
当時、バブル全盛期の中、一つのプロジェクトが終わりを迎えて、
チームで打ち上げをかねての飲み会をした帰り道のことだった。
乗り換えるはずだった○千住駅をゆうに通り過ぎて、その路線の終点駅・・・・。
そこは、「T動物公園」駅だった。
ふとを時計を見るとすでに、深夜1時をまわっている。
駅に出ると商店街の灯りもまばらで、タクシーも一台もなかった。
歩いて帰るには、不可能な距離・・・・。
どうしようか・・・・Y氏は、うろうろと駅周辺を周りながら、自らの行動パターンを模索してみた。
1:始発まで、開いている居酒屋を探して飲み歩く
2:マンガ喫茶で、眠ってしまう
3:24時間のカラオケで、疲れ果てるまでワンマンショーをやる
4:サウナを探して、素泊まり(一泊)する
5:とりあえず行ける所まで歩いてみる
6:雨風しのげる所で、野宿する
しかし、明日はプロジェクトチームの完成発表会・・・。
Y氏は、司会を担当することになっており、どうしても帰宅する必要があった。
さらに行けそうな、居酒屋ふうっぽいお店もなくまだ肌寒い春先の時期に、野宿は危険をともなう気がしていた。
悩み抜いたY氏は、財布の中身を確認せずにタクシーに乗る決意をした。
幸いにもちょうど駅前のロータリーに入ってきた個人タクシーに、Y氏は手を挙げた。
Y氏:「すいません、M戸市方面までお願いします。」
運転手:「ありがとうございます。M戸市方面ですね。」
タクシーが走り始めて間もなく、高速道路の看板が見えてきた。
運転手:「お客さん、高速道路使いますか?」
Y氏は、念のためと思い財布の中身を確認した。
~~~~やべぇ、これじゃ、全然、足りねぇっしぁぁっっ!!!~~~
走行距離や手持ちの金額を全く確認せずに乗ったY氏は、直ぐに誤算だったと気がついた。
しかし走りだしてしまったタクシーをここで降りるのも恥ずかしかった。
運転手:「どうされますか?」
Y氏は、残金が8千円しかなかったことを気にしながら、高速道路の途中でメーターがあがってしまったら大変だと思い、
Y氏:「いぇ、下の道(したのみち)でお願いします。」
と丁寧な口調で答えた。
打ち上げの後の2軒目のお店で気前よく支払ってしまったのを思い出し、後悔しているY氏を知らずに、やたらと愛想の良い運転手は話しかけてきた。
運転手:「何か、急なご不幸でもあったんですか?それともお仕事のトラブルか何か?」
Y氏:「いえ、ただ寝過してしまっただけなんです。」
運転手:「そうですか・・・・。ここからだとかなり遠い距離で運賃も高くなるけど大丈夫ですか?」
非常に恥ずかしい思だったが、やむを得ずY氏は、正直に話した。
Y氏:「実は・・・・8千円しか手持ちがないので、そこで降ろしていただければ・・・・。」
運転手:「わかりました。では近くなったら言いますね。」
Y氏は、後部座席で眠ることもできずに、ただひたすらに、タクシーメーターをじっと見つめていた。
真夜中のタクシーチケット【後編】へ つづく